ミレニアム通信過去情報
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どんなにやっても、神は報いてくださらない?
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1:tomi
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2012/03/04 (Sun) 22:32:49
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「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、…神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです」(ヘブル11・6)
「自分は、このまま追いつめられてどうしようもなくなるだろう。それが神の御心ならば、それにしたがって、永遠の地獄に落とされてもしかたがない。それに従います」
ということを言う人がいるが、これは、信仰でもなんでもなく、「神よりも自分を上に置く自我」の宣言です。
きわめてサタン的であり、とうてい容認できません。
本当のクリスチャンは、「神に従う決意をするならば、必ず神は道を開いてくださる」と信じるのです。
「神に近づく者は、…神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならない」。
「どんなにやっても、報いてくださらない」と宣言することは、神に対する正面からの反逆であり、私は、絶対に認めることはできません。
傲慢です。
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2:tomi
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2012/03/05 (Mon) 13:14:31
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神の法を守るつもりはないけど、祝福だけはほしい?
1回、カリスマ派の有名人の集会に出て、その異様な霊に強い違和感を感じたことがある。
明らかに違う霊だった。
私が子供のころから感じてきたすがすがしい霊ではない。非常にドロドロしたものを感じた。
メッセージの内容は、「聖書を勉強すると暗くなります」「精神病院はクリスチャンでいっぱいです」「イエスはハッピーな人でした。わはは、わははと笑っておられたのです」「律法など関係ありません。われわれは律法から自由です」といったものだった。
すぐにホールを出た。ロビーで、私を誘った川口氏が出てくるのを待った。(当時彼はいろんな集会を訪問していた。)
このカリスマ派の講師の教えから判断すると、カリスマ派とは、ニューエイジである。
つまり、聖書とは違う価値体系を持っている。
その価値体系をごり押しすることによって、信者に生活の中に様々な呪いがかっている。
その呪いを、払しょくするために心理学で自分を励ます。
だから作り笑いを奨励する。
つまり、「キリスト教の外貌だが、内部は換骨奪胎されていて、全部スリカエが行われている。外貌を保つために無理やり、以前の外貌を作り出そうとしている」ということだ。
これは、無理である。長続きしない。
外面だけよくしても内面が変わっていなければ無理。
それで、基本的に、この教えを信じている人々は、呪われているということを理解すべきである。
じゃあ、なぜ呪われたのか。
もちろん、神の価値体系に反逆しているからである。
講師が「われわれは律法から解放されているのです!」と叫ぶと、信者たちが「アーメン!」と叫んでいた。
ある人から聞いたが、カリスマに限らず、牧師が信者と不倫しているということが普遍的にあるという。
これは、もはや教会の体を成していない。
これで精神が異常にならなかったらそちらのほうが不思議だ。
クリスチャンが暗くなって、精神病院がクリスチャンであふれているのが事実であるならば、その原因は、「われわれは律法から解放されているのです!」という教えそのものである。
ディスペンセーショナリズムは、教会から「律法」を消し、「律法に伴う賞罰」という概念を消した。
だから、道徳的カオスが出現した。
キリスト教界全体に呪いが蔓延した。
私が福音派を出た1990年からこれまでの間にそういった状況が進んだのであろう。私が出る直前まではそれほどひどくなかったから。
「神の法を守るつもりはないけど、祝福だけはほしい」というのが、今のキリスト教界全般の傾向だと思う。
無理だ。
カオスからは地獄しか生まれない。
神の価値体系に「万事承知の上で」違反する人は、地獄しか残されていない。