ミレニアム通信過去情報
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原理的に判断できる人とそうでない人
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1:tomi
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2011/10/30 (Sun) 17:03:17
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原理的に判断できる人って、簡単に人の意見を「気違い」とか断定しない。
相手の論理的整合性とか論拠を問題にし、けっこう柔軟に対応する。
しかし、原理的に判断できない人。
社会の規定の常識や、学校の教科書で教えられた事柄とかけ離れたことを言う人に強い拒絶感を感じる人というのは、思考が硬直化していて、議論には適していない。
こういう人々は、社会の周辺部にいて、内部でリードするような人々の邪魔をしないで、社会の基礎を支える働きをして一生を終える。
まあ、それなりの人生があるわけだ。
しかし、原理から思考できる人がいないと、社会は簡単に誤謬に騙される。
社会を構成する根幹部に工作員を忍びこまされると、そういった原理的に考えられない人は、既定のシステムを維持することしか関心がないから、これらの工作員のために働くようになる。つまり、社会に有害な作用をする。
そのため、原理から思考できる人が、原理から思考できない人の代わりに、そういった社会の根幹部にいて、外敵が送り込んだ異分子を排除し、社会の大黒柱を支えなければならない。
この原理から思考できる人とできない人の違いはどこにあるかというと、教育である。
教育といっても、高い教育を受けたから、原理的に思考できるとは限らない。
抽象的な思考能力がなければ無理。
思想を扱うわけだから。
社会の中において、こういった抽象思考ができる人はきわめて少ない。
思想とか哲学、宗教を扱う能力のあるきわめて限られた人々は、そうでない人々から誤解される。
「まったく役に立たないことを論じている」とか「飯のタネにならないようなことをやめろ」とか「常識外れたことを言うな」とか。
こういう無理解の中で活動しなければならない。
しかし、思想が変わると社会の構造すべてが激変するので、思想的防衛、思想的改革は、きわめて重要な働きである。
だから、思想、哲学、宗教を扱う人々を軽んじると、自分が痛い目にあうのだ。
まともな社会は、こういった人々を尊重する。